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Feb 24, 2014

117景 高田姿見のはし俤(おもかげ)の橋砂利場 View 117 Sugatami Bridge, Omokage Bridge, Jariba at Takada

116景の高田馬場からそう遠くない、少しだけ北へ行ったところの絵です。
手前の川が神田川。
その向こうには冬枯れの田んぼが広がっています。

This is not far from Takadano Baba in View 116, just a little north of it.
The river in the foreground is Kanda River.
Beyond the river stretch rice fields, gold with winter stubble.


橋がふたつ描かれています。
ひとつは手前の大きな橋、もう一つは中央右手に茶色い板のような橋が架かっているんですが、わかるでしょうか?
(絵をクリックしてくださると拡大できますので、よかったらどうぞ。)
これらの橋は俤(おもかげ)橋、姿見の橋と呼ばれていましたが、両者の名前はけっこう混同されて使われていたようです。
板の橋の先、左手には氷川神社、右手にはその別当寺南蔵院がありました。
砂利場というのはそのあたりの村の名前です。

There are two bridges in this print; the big bridge in the foreground, and the small plank bridge, in the center right. 
(It's really hard to see.  If you like, you can enlarge the picture by clicking.)
Their names, Sugatami Bridge and Omokage Bridge, were often confused in Hiroshige's time. 
Beyond the plank bridge Hikawa Shrine stands on the left, and Nanzoin Temple on the right. 
The area was called Jariba Village, or Gravel Pit Village.


さて、神田川に架かる橋は今もあり、面影橋と呼ばれています。

The bridge over Kanda River still remains, and its name today is Omokage Bridge.

さっそく行ってみましょう!
都電荒川線の面影橋駅で下車しますよ。

Now let's go and see the bridge.
I got off at Omokagebashi Station of Toden Arakawa Line.
面影橋駅 Omokagebashi Station
かわいい電車ですね! It's such a cute streetcar!

これが面影橋。
This is Omokage Bridge.
ごく普通の橋です。
It's just an ordinary bridge,

でもそばには案内板がありました。
except for this guide board. 

橋や田んぼの中の小道、広重の絵と同じですね。
a bridge, a path through the rice fields, just like in Hiroshige's print

橋を渡って行ってみましょう。
Let's walk across the bridge.

橋の上から見た神田川。
Kanda River seen from the bridge
両脇は桜並木。春には見事でしょうね。
There are many cherry blossom trees along the river.
It will be gorgeous in spring.

当然ですが、田んぼはありません。今は住宅地ですね。
Of course, no rice fields, but a lot of houses...


でもしばらく行くと、ちゃんと左手に氷川神社が、
Soon, I found Hikawa Shrine on the left,

右手に南蔵院がありました。
and Nanzoin Temple on the right.

すっかり変わったように見える一帯ですが、ちょっとジグザグに曲がった道も神社やお寺の位置も変わっていないようでした。(^^)

The area looks very different from the old days, but I found their location hasn't changed much. (even the zigzag  street seemed the same.) (^^)

というわけで、昔と今の写真を比べてみましょう。

Now, it's time to compare then and now.



頑張ってみましたが、この程度です。(^_^;)

This is the best I could do.  (^_^;)

あっさり終わってしまったので、少しおまけ情報を。
実は広重の立っているその後ろあたりには大名清水家の下屋敷がありました。
その一部は今も公園となって残っています。

I'm going to add some extra information of the area.
Right behind Hiroshige's viewpoint was, in Hiroshige's time, a suburban residence of Lord Shimizu.
A part of their residence still remains as a park, Kansen-en.

甘泉園公園
ここから湧く泉の水がお茶に適していたことからそう呼ばれるようになったそうです。

Kansen means "sweet spring water" and it's said its water was very good for making tea.

雪吊りが水に映ってきれい The garden was very beautiful.


そして公園の隣には水稲荷神社があります。

Mizu-inari Shrine is next to the park.


941年俵藤太秀郷(たわらのとうたひでさと)創建と伝えられています。
もとは現在の早稲田大学九号館法商研究棟あたりにありましたが、1963年甘泉園公園内の現在地に遷ったそうです。

Its history goes back to 941 when Tawarano Tota Hidesato established Inari Shrine at where Waseda University Building 9 stands today.
The shrine was relocated to the present location in 1963.
でも趣は十分ありました But they look old.


堀部安兵衛(1670~1703)助太刀の場所の碑もあります。
安兵衛が高田馬場の決闘の助太刀をして一躍有名になったのはこのあたり。
その後赤穂浪士として討ち入りを果たしたのはご存知のとおりです。

This is a monument in memory of  Horibe Yasubei(1670-1703), a samurai in Edo period.
He was a strong samurai, and became a hero after a duel in Takadano Baba.
He is one of the 47 Ronin.



この辺りにも江戸の名残をたくさんみつけることができました。\(^o^)/

So, I could find many traces of Edo in the area after all.\(^o^)/


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6 comments:

Rurousha said...

Mizu Inari! I've been there! ^^

Hallo, Merry Witch. Long time no talk. How are you? Also looking forward to spring when obachan can fumble with maps and cameras without having to struggle with gloves? ;)

Merry Witch said...

Rurousha,

Hi, Rurousha! I hope you have been doing well.
I spent almost a whole month planning my trip to Australia in April. I'm glad it's kind of all set now.

And when I look outside, wow, it's like spring is almost here.\(^o^)/ We can go out with our cameras and maps again, and yes, our gloves can stay home. Hooray!

story tell said...

Merry Witchi 様
江戸の名残りいつも見せていただきありがとうございます。

おもかげばしの新旧の比較、
いつも思いますが、昔は風流でしたね、
着物着た方が数人、今だったら絵にならないので描く事出来ませんね(*´∀`*)。

昔の橋がアーチ型なのは、詳しくはわかりませんが、吊り橋の逆の構造は重力をムラが無いように支える長所がある様です。
今はコンクリート橋なので、関係ないのでしょうね。味気ないですね。

でも歌川広重がこの絵を描いた場所のすぐ近くが堀部安兵衛の仇討の現場とは、広重わかっていたのですかね。

姿見の橋の奥の、沼の様な湖の様な、エキゾチックな風景は砂利場ですかねΣ(゚д゚lll)。

Merry Witch said...

story tellさま

いつもコメントありがとうございます。(^^)

赤い雲のようなものは広重よく描いていて、さてなんですかね?砂利場村はちょうど姿見の橋のかかっているあたりです。砂利がとれたんでしょうね。

おっしゃる通り昔の橋や着物姿の通行人は絵になります。川の水も上水だけあってきれいですね。

堀部安兵衛の碑までみつけて、楽しい一人歩きでした。(^^)


Minoru Saito said...

こんばんは。楽しいブログを見させていただきました。大学には、大塚から都電で通いましたので、とても懐かしいです。昔は神田川で染物屋が、生地を洗っているのを見かけました。
 某歌手が歌った「神田川」という歌はどうしても好きになれません。
 安兵衛の助太刀の碑も入れていただきありがとうございます。

Merry Witch said...

Minoruさま
都電で通学されていたんですか?では本当にMinoruさまの思い出の界隈ですね?

染物屋さんが生地を洗っていたころの神田川、のどかだったんでしょうね。

安兵衛の碑は以前Minoruさまに教えていただいていました。今回見つけられて嬉しかったです。(^^) とても大きくて字がいっぱいでした。