Sep 19, 2013

伝馬町牢屋敷跡 Remains of Tenma-cho Prison

江戸の牢屋敷は日本橋からそう遠くない伝馬町にありました。
時代劇などで自白を強要して拷問にかけたりするシーンがありますが、本当に拷問部屋があったそうです。
処刑もこの地でなされていたそうです。なんだかコワイ。

The largest prison in the time of Edo was in Tenma-cho, not far from Nihonbashi.
Watching Samurai drama, we sometimes see a poor man being tortured for confession.
Yes, there were torture chambers. (>_<)
And, there was an execution ground. (T_T)

明治に入り、1875年囚獄は市ヶ谷に移転。
さてその跡はどうなっているでしょう?

After the Meiji Restoration, the prison was moved to Ichigaya in 1875.
So, what happened to the area?


地下鉄日比谷線小伝馬町駅からはすぐのところです。

It's just about two-minute walk from the Kodemmacho Subway Station. 
駅を出たところに石碑が建ってます。stone monument outside the station

その一部は十思公園(じっしこうえん)という公園になっています。

A part of it is now a small park, Jisshi Park.
小さな公園ですが説明がいっぱい a lot of explanation

説明によると、この地に牢屋敷があったのは1613年から1875年まで。
敷地面積は2618坪。
囚人は身分によって5つの牢に分けられていました。
旗本は揚げ屋敷に、士分僧侶は揚屋に、平民は大牢に、百姓は百姓牢に、そして婦人は女牢に。

According to it, the prison was there from 1613 to 1875.
The total area was about 8639 square meters.
There were five different prisons, each for different classes; ①hatamoto (high class samurai), ②samurai and priests, ③townspeople, ④farmers, and ⑤women.


明治維新に多大な影響を与えた吉田松陰もこの牢屋敷に入れられ、最後はこの地で処刑されてしまいました。

Yoshida Shoin, a great thinker who had a great influence on the fall of Tokugawa Shogunate, was jailed and executed here.
まだ29歳だったとは。He was only 29.

江戸時代、時を知らせた「時の鐘」は、本来もう少し西にあったのですが、この公園に移設されています。

The historical bell, which used to tell time for the Edo people in this area, is now moved to this park. 
1711年製だそうです。This bell was made in 1711.

公園は今では平和そのもの。

Now, this small park looks peaceful.

この地にそんな歴史があったとは。 It's hard to imagine this place had such sad history.


さて処刑場があったところは、

On the execution ground, now stands

大安楽寺 Daianraku-ji Temple.


延命地蔵尊 Enmei Jizo
 なんだか悲しい気分になりました。 I felt gloomy.
 

さてこちらのお寺には少し楽しいものが。

This another temple might cheer us up a little.
 
身延別院 Minobu Betsuin


油かけ大黒天
油をかけると幸福になれるそうで、さっそくたらり。(^^)

Abura kake Daikokuten
It is said if you pour oil over this Daikokuten, he will bring you good luck.
Of course, I tried. (^^)



でもやっぱりちょっと悲しい牢屋敷跡でした。

But still, I couldn't help feeling a little bit sad.


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4 comments:

cosmos said...

「今は昔」という感じで、すっかり変貌している所は、ここに限らずたくさんありますよね。思いもかけないところに「処刑場跡」なんて記念碑があるとドキッとしますね。吉田松陰もその場所だったのですか・・・今の東京、日本をどう見ておられるでしょうね。
油かけ大黒って、やはり油が周りに溜めてあるのですか?油に何か意味があるのでしょうか?

Merry Witch said...

cosmosさま
油かけ大黒、私も初めて知りました。大黒さまのまわりに油がたまっているので、置いてあるレードルのようなもので、たらりとかけてあげる感じです。

説明板によると、その昔京都で油を売る商人が道端の石像に間違って油をかけ商売が大繁盛。どうもそれが発端のようで、伏見に油かけ町というのがあるそうです。
で、俳優長谷川一夫としげ夫人が施主となり、この油かけ天神を祀る、と書いてありました。

いろんな信仰がありますね。

牢屋敷が江戸の真ん中日本橋からかなり近いところにあったので、びっくりでした。

Minoru Saito said...

こんばんは。昔の面影はもう無くなりましたね。
 時の鐘になにか違和感を感じたのを覚えています。
 奈良で太子の道を歩いていたら油かけ地蔵がありました。
 サラダ油も置いてありました。

Merry Witch said...

Minoruさま
奈良にも油かけ地蔵があるんですね。水をかけたり、油をかけたり、しばったり、本当にいろいろな信仰があるものです。

十思公園の横ではなにかを建設中でした。変わってほしいような、残してほしいような、そんな場所でした。

時の鐘は、鐘が聞こえる範囲の人たちが毎月お金を払わされていたそうで、おもしろいと思いました。